高松地方裁判所丸亀支部 昭和42年(ワ)42号 判決 1968年8月19日
原告
中山則昭
被告
白井徳市
ほか一名
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し連帯して金一五五万円及びこれに対する被告白井徳市は昭和四二年五月二四日から、被告株式会社中山組ブロツク工業所は同月二三日から完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は昭和四一年一二月六日午後五時過頃丸亀市本島町本島幼稚園建設工事現場の東方約一〇〇米の県道上において、被告白井徳市が運転する軽四輪貨物自動車の後部荷台から転落して後頭部、胸部、背部に打撲傷を受けた。
二、右転落の原因は、被告白井徳市が原告を自車の後部荷台に便乗させて発進するに際し、発進の際の衝撃により原告が転落するようなことのないようにその安全を確認した上で発進すべき注意義務があるのにこれを怠り、いきなり発進したため、その際の衝撃により原告を路上に転落させたものである。
三、当時被告白井徳市が運転していた軽四輪貨物自動車は被告中山組が自己の営業の為運行の用に供していたものである。
四、原告は右事故により前記の傷害を受け、その為昭和四一年一二月六日から昭和四二年二月六日まで二ケ月間入院、その後通院を続けて医師の治療を受けているが未だに全治せず、現在後遺症として、脳内部に脳内出血によるうつ血があり、吐き気、眩惑、発熱が続き、絶えず強度の頭痛に悩んでおり、その後新聞やテレビをみることも出来ず、根気がなくなり、記憶力が減退して、受傷以前の状態に回復するのは不可能の状態にある。
五、本件事故により原告は次のとおり損害を被つた。
(一) 入院治療費等 合計金六万七、四三〇円
その内訳次のとおり。
入院治療費 金二万七、六一〇円
診断書代 金三〇〇円
衣料費夜具代 金一、五〇〇円
氷代 金二、一四〇円
附添婦日当 金三万三、〇〇〇円
タクシー代 金一、三八〇円
(二) 逸失利益 金二五万円
原告は本件事故当時電気技師として香川県仲多度郡多度津町所在の金井工業株式会社に勤務し、月収金五万円を得ていたが、本件事故の為受傷の日から昭和四二年五月六日までの五ケ月間休業を余儀なくさせられ、その間に失つた得べかりし利益。
(三) 慰謝料 金一〇〇万円
原告は香川県立多度津工業高等学校電気科を卒業し、事故当時二九才で、電気技術者として前記金井工業株式会社に勤務し、その収入で妻子を養つていたのであるが、本件による前記の如き後遺症の為技術者としての作業能力を失つたのみならず重労働にも耐えられなくなつた。これによつて原告が被つた精神的肉体的苦痛は甚大なものがあるのでこれに対する慰謝料は金一〇〇万円と算定するのが相当である。
六、以上の次第であるから、被告らは連帯して原告に対し、本件事故により原告の被つた前項の損害及びこれに対する履行期後である本訴訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
と述べ、被告らの抗弁に対し、第一、第三項は争う。第二項の事実中原告が被告白井徳市から金一万五、〇〇〇円を受領した事実は認めるがその余の事実は否認する。当時原告は受傷後間もなく、傷害の予後も不明で主張のような和解をするはずもなく、乙第一号証の示談書は原告が知らない間に原告の妻がその趣旨を了解しないまま原告に無断で指印したものである。第四項の事実中原告が主張の保険金を受け取つたことは認めると述べた。
〔証拠関係略〕
被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因第一項の事実は認める。第二項の事実は否認する。第三項の事実は認める。第四項の事実中入院治療の期間は不知、その余の事実は否認する。第五項の事実は不知と述べ、抗弁として、
一、本件事故発生につき被告白井徳市には過失がない。
被告白井徳市は後部荷台に数名の者を便乗させて軽四輪貨物自動車を運転中、原告主張の日時場所において、後部荷台の便乗者から停車の合図があつたので一時停車したところ、間もなく右便乗者らから「オーライ」とか「よつしや」といつた発車してよろしいとの趣旨の合図があつたので発車したところ、その間に原告が和服の着流しに草履姿で右自動車の後部荷台に飛び乗つたのである。
原告としては乗車設備のない貨物自動車の荷台に便乗するのであるし、特に和服の着流しに草履ばきという甚だ活動的でない服装をしていたのであるから発車の際のシヨツク等によつて転落などすることのないよう自ら安全確保の為適切な措置をとるべきであるのに、これを怠り、被告白井徳市に無断でこれに飛び乗つて漫然席を占めていたために転落したもので本件事故は原告が自ら招いた結果であつて、被告白井徳市に過失はない。
二、仮りに本件事故発生につき被告白井徳市にも一部過失があつたとしても、原告と被告白井徳市との間には昭和四一年一二月一四日(一)入院治療費は原告の健康保険によつてまかなう(二)被告白井徳市は原告に対し慰謝料として金一万五、〇〇〇円を支払う(三)原告は右以外本件について一切請求しない旨の和解が成立しており、被告白井徳市は右和解条項に基き金一万五、〇〇〇円を原告に支払済である。
そして被告白井徳市との間に何らの留保なく右の和解が成立し、同被告が和解条項を履行済であるから、被告中山組の原告に対する賠償義務も免責されたというべきである。
三、仮りに右主張が認められないとしても、本件事故発生については原告に前記の如き重大な過失があるのでこれを斟酌すべきである。
四、仮りに被告らに賠償義務があるとしても、原告は自動車損害賠償責任保険により金二三万円及び生命保険会社から傷害保険金三〇万円を受領しているので、これを損害額から控除すべきである。
と述べた。
〔証拠関係略〕
理由
一、原告主張の日時場所において主張の事故が発生し、原告が主張の傷害を受けたこと、当時被告白井が運転していた自動車は被告会社が自己の営業の為運行の用に供していたものであることは当事者間に争がないので、右事故に対する被告白井の過失の有無について先ず検討する。
〔証拠略〕を総合すれば、被告白井は丸亀市本島町本島幼稚園工事現場附近から、右現場で働いていた人夫五名を軽四輪貨物自動車の後部荷台に便乗させて同町泊港に向つて出発したのであるが、約一五〇米進行した時、後部荷台の便乗車のうち何名かが口々に停車を求めたので、更に後部荷台に誰かが乗り込むものと考えて停車し、ドアを開けて首を出し後方を見ようとしたところ、同時に後部荷台の便乗車の中から「行け行け」という声が聞こえたので、丁度その時後部荷台に重量がかかり誰かが乗り込んだことが分つたが、その者の安全を確認しないまま、首を引込めて発進したため、同所で後部荷台に乗り込み腰を下ろしかけていた原告が発進の際の衝撃に安定を失い後方に転落したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被告白井は後部荷台に誰かが更に乗り込んだことは分つたのであるから、乗車設備のない荷台のことでもあり、その者が安全確保の態勢をとつたことを確認したうえ発進すべき注意義務があつたにもかかわらず、便乗者のうちの誰かが「行け行け」というのを聞いただけで、危険はないものと速断し、新に便乗した者の安全を充分確認しないまま発進した点に過失があるものといわざるを得ない。
一方〔証拠略〕によれば、本件事故の際の被告白井の運転態度は特に荒つぽかつたわけではなく、発進の際も特に大きな衝撃はなく、通常の場合と比較して少し大きかつたかと思われる程度の衝撃にすぎなかつたこと、それにもかかわらず原告が転落したのは、原告が充分腰を下ろさないうちに発進したというだけの理由ではなく、当時の原告の服装が和服の着流しに草履といつた極めて活動的でないものだつたため、安定を失いやすく、咄嗟の場合に身を護る態勢がとりにくかつたことも大きな原因であること、また原告は乗り込むに際して特に運転者にことわらず、「待つてくれ」とか「まだだ」といつた合図をして安全な態勢をとるための時間を確保するようなこともしなかつたため、被告白井は他の便乗者の「行け行け」という声を軽信して発進してしまつたことが認められ、右認定の一部に抵触する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そしてこれらの事情は前記認定のような事情のもとで乗車設備のない貨物自動車の荷台に便乗する者としては安全確保の為当然自ら守るべき注意義務を怠つたものといわなければならず、本件事故発生についての原告と被告の過失の割合は五分五分と認めるのが相当である。
二、そこで次に原告が本件事故によつて被つた損害について検討する。
(一) 〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による傷害の治療の為入院治療費として金二万七、三一〇円を吉田病院に支払い、〔証拠略〕によれば、入院中の諸経費として金五万三、六二〇円(診断書代金三〇〇円、附添日当金三万三、八〇〇円、寝具その他の衣料品代金一万五、〇〇〇円、氷代金二、一四〇円、交通費金二、三八〇円)を支出し、合計して原告主張の金六万七、四三〇円をこえる財産上の損害を被つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 原告は本件事故による受傷ならびに後遺症の為事故後五ケ月間休業を余儀なくさせられた旨主張するところ、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、原告は本件事故当時電気技師として香川県仲多度郡多度津町所在の金井鉄工株式会社に勤務して日給金一、五〇〇円を得ていたが、受傷後休業し、本訴口頭弁論終結の昭和四三年七月一日現在なお就労していないこと、右のうち受傷後二ケ月間は、吉田病院に入院して治療を受けていたため休業を余儀なくさせられていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかしながら退院後の三ケ月間も本件事故による後遺症が原因で就労ができなかつた旨の主張は原告本人尋問の結果以外にこれを認めるに足る証拠はなく、この点に関する右原告本人尋問の結果は、後記(三)に認定の事実ならびに弁論の全趣旨に照らしたやすく措信し難い。
また原告本人尋問の結果中には、原告は当時毎月三〇日働いていた旨の供述があるが、特段の事情のない限り通常勤労者の月間平均稼働日数は二五日位であり、本件において特段の事情の立証はないから原告の右供述はたやすく信用し難く、弁論の全趣旨に照らし、本件原告の場合も受傷当時の月間平均稼働日数は二五日と認めるのが相当であり、右認定に反する証拠はない。
以上の次第であるから原告は本件事故により昭和四一年一二月六日から二ケ月間、月間二五日一日金一、五〇〇円の割合による得べかりし利益金七万五、〇〇〇円を失つたことが認められる。
(三) 〔証拠略〕によれば、原告は入院当初軽い腱反射の亢進が認められ、頭痛、めまい、吐き気を訴えていたが、嘔吐はなく、血圧、レントゲン検査の結果にも異常はなく、脳内出血の兆候も認められなかつた。入院中は微熱が続き、時に高熱を出すこともあつたが、二度行つた脳波検査の結果にも異常はなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は現在なお後遺症として脳内部に脳内出血によるうつ血があり、吐き気、めまい、発熱が続き、絶えず強度の頭痛に悩まされ、その為新聞やテレビを見ることも出来ず、根気がなくなり、記憶力が減退して受傷以前の状態に回復することは不可能な状態である旨主張するが、〔証拠略〕によつて現在も幾分頭重感が残つており、その為いらいらすることが多いことは認められるものの、その余の点については、原告本人尋問の結果以外にこれを認めるに足る証拠はなく、右原告本人尋問の結果は右認定の事実ならびに弁論の全趣旨に照らして容易に信用できない。
上記認定の本件事故の態様、原告の過失ならびに受傷の程度等諸般の事情を総合勘案すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は金一五万円と算定するのが相当である。
三、以上の次第で原告は本件事故により合計金二九万二、四三〇円の損害を被つたことになるが、前項(一)及び(二)の損害については原告の過失を斟酌してその二分の一を減ずるのが相当であるから、結局原告が本件事故により被告らに対して取得した損害賠償請求権は金二二万一、二一五円となる。
ところで、原告が本件受傷により自動車損害賠償責任保険金二三万円及び被告白井から金一万五、〇〇〇円合計金二四万五、〇〇〇円の賠償を受けたことは原告の自認するところであるからこれを右債権額から控除すれば、原告が被告らに対して請求し得べき損害賠償債権に残額はない計算となる。
四、以上の次第であるからその余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 矢野伊吉 美山和義 西田元彦)